Dear Sister(前編)
著者:shauna


 リュシオンシティはスペリオル聖王国内でも、最も優れた交易都市である。大きな港が併設されたこの街には大陸全土から輸入品や輸出品が集まり、光の月も終わりのこの時期ともなれば隣町のパリスシティで開かれる雪祭りの影響もあって観光客でごった返す。

 そして、今。そのリュシオンシティの港に一人の女性が降り立った。20代半ばの白い肌の女性。ボストンバックを男っぽく肩にかけるその姿とは裏腹に来ているのは白衣と緋袴に、上から千早を羽織り、腰には扇と太刀を刺すその姿はちょっと常識から逸脱してはいるが巫女そのものだった。

 「んんーーー!!」

  女は大きく伸びをする。

 「おい・・・姉ちゃん。」
 「いい街だな。・・・さて、行くとするか・・。」
 「姉ちゃん。」
 「確か東の門と言っていたな・・。どっちだそれは・・・」
 「姉ちゃんってば!!」
 「何だ騒々しい・・。」

 男の声にようやく反応した女はしれっとした顔で不服そうに男の方へと振り向いた。

 「いい加減どいてくれねぇかな・・・」

 馬車の上から男は片眉をピクピクさせながら男が呟いた。

 「なんだ・・・人がせっかく思い入れに浸っていたのに・・・邪魔をするな・・・」
 「思い入れに浸るのはいいがせめて道路の真ん中じゃない所でやってくれ!!」

 男の馬車の後ろには他の馬車がすでに長い行列を作っていた。


 男の言う通りだった。
 彼女の立っている場所。
 それは湾岸にある主要交通路のど真ん中。
 その状況において彼女は大声で叫んでいた。
 
 その女・・・まさに非常識!

 そして、それを恥じる事も無く女はその運転手にむかって言い放つ。

 「あんた・・・個人馬車(タクシーの馬車版)?」
 「ああ・・そうだが・・・うぉ!!!」

 それを聞くなり、女は手に持ったボストンを男に投げつける。男はうまくそれをキャッチして唖然とした目線を女に向けた。

 「なんのつもりだ!?」
 「黙れ!!私が乗ってやろうというのだ!文句はないだろ!?」

 女はそういうと男の承諾も得ずに馬車に乗り込んだ。

 「ちょっと待て!!俺はいまから家に帰る予定だぞ!!」
 「ホザけ!!それは予定だろ?こっちは決定だ!!」
 「うわ!ひでぇ!!」
 「ほら、さっさと馬車を出せ・・。」
 「・・・・ったく!!」

 止む得ず男は承諾し、馬車を出すことにした。
 
 「行き先は?」



 「ホートタウン郊外。ウルズの森。レウルーラ。」


 「レウルーラだと?」

 男は困惑の表情を浮かべた。


 「魔法使いに何の用だい?」

 女は腕を組みながらはっきりと言い放った。














 「弟に会いに行くんだ!!」







 スペリオル聖王国内の交易都市リュシオンシティから徒歩で一日の距離に森があった。
 鬱蒼と茂る樹海はほとんど手入れされてないと言うのにそれでも何処となく情緒を感じさせる。

 そして、そんな森の中に一軒の屋敷がある。

 真っ白な外壁と金の装飾はどこか宮殿を思わせるその屋敷の玄関には美しいガラスボードで一つの看板が立てられていた。


 アトリエ ”フェルトマリア・デザイン・コンクティブ”


 その屋敷の名は“レウルーラ”。

 世界最高のスペリオル職人が住まう屋敷だ。

 そして、この屋敷には現在2人の人間が住んでいる。

 職人“シルフィリア”。そして、その家令と実質の経営者“アリエス”。

 恋人同士で有り、主従の関係でもあり、またお互いが尊敬対象でもある。


 幸せなヒトトキ。


 くだらないことで喧嘩したり、くだらないことで笑い合える仲の2人。

 そして、この日もこの屋敷には幸せの風が吹いていた。




 「あ・・・アリエス様・・・。」

 うっとりとした眼でシルフィリアは話しかけた。

 「ほ〜ら・・どうしたの〜?欲しいならちゃんとおねだりしなきゃ・・・」

 「べ・・別に欲しくなんか・・・ありません・・・。」

 「じゃあ、あ〜げない・・。」

  「な!?・・・はうぅぅぅ・・」

 ニヤニヤと笑うアリエスに対してシルフィリアは頬を赤らめ半ベソ状態で口元に手をかけた。

 「ほ〜ら見てごらん・・。すごいだろ〜・・。」
 「す・・ごいです・・。蜜が溢れてます・・・です・・。」

 「早くしないと・・・せっかくのモノがふにゃふにゃになって台無しだよ・・・。ほ〜ら・・おねだりしてごらん。」

 「あ・・・えと・・・その・・・く・・ください・・・。」

 「何を・・・・」

 「アリエス様の・・・・・モノを・・・・」
 「これをどうしたいんだい?」

 「・・・・・・」

 「ほ〜ら・・早く言わないと固くなくなっちゃうよ・・・。」

 「うぅ・・・私を・・辱めて・・・楽しいですか・・・・」

 シルフィリアの目からハラリと涙がこぼれ落ちた。だが、それでもアリエスの目は未だに加虐心に満ち溢れてくる。

 「さあ、どうだろ・・。でも、『幻影の白孔雀』が声を蕩かせながら必死に媚びてお願いしてくる姿は中々見栄えがいいな・・。」
 「あぅぅ・・・」
 「ほ〜ら・・早くおねだりしないから見てごらん・・蜜が乾いて柔らかくなってきたよ・・。」

 「あぁ!!そんな・・・」

 「だったら速く言わなきゃ・・・どうしたいんだい?コレを・・・・」


 「・・・・・食べたいです・・・。」


 「どんな風に?」
 「口に優しく含んで・・・そっと頬張りながら・・・その舌感と味わいと風味を・・・楽しませてください。」


 「どうしようかな〜・・・昨日も夜ベッドで・・・散々苛められたしな〜・・。」

 「ご・・・ごめんなさい・・・でも・・・・」
 「やっぱ、あ〜げない。」
 
 「そ!そんな!!・・・わかりました!!もういりません・・。」
 「と言いつつも口から涎が溢れてるよ・・・体は正直だね〜・・。」


 「うぅ・・・・」


 「あれあれ〜・・・手が震えてるよ〜?禁断症状〜?」


 「・・・・・・う〜〜〜〜」


 「ちゃんとオネダリしたら食べさせてあげる。」


 やや躊躇ったがそれでもシルフィリアはすぐに諦めた。
 早くしなきゃアリエスは本当にくれないかもしれない。

 なにしろ日頃の行いがすこぶる悪いのだから・・・

 「・・・お願いします・・・この私に・・・アリエス様のモノを・・・味わせてください・・・。」
 「・・・しょうがないな〜・・・」


 アリエスはそう言って・・・・・・








 手に持った銀色のトレーをシルフィリアに差し出した。









 「今日のおやつ。ベリーベリータルト。」

 「アリエス様大〜好き!!」
 大好物のタルト生地の上にはブルーベリーとストロベリーが敷き詰められその上には透明なシロップがたっぷりと塗られている。それを見てシルフィリアは感動の溜息を洩らした。

 「アリエス様!!シロップは!?」
 「御注文通り・・シロップはたっぷり溢れるほど・・・中のカスタードは冷たく冷やして生地は焼き立てサクサク。これでいい?」

 「後でキスしてあげます!!」

 言うなりシルフィリアはそれを一口頬張った。舌の上でイチゴが弾け、ブルーベリーと共に程良い酸味と甘みを生み出す。
 クリームも決して甘すぎず、口の中にふんわり広がる。
 そして極めつけの生地。完璧なサクサク感。もうクリームの水分を吸収してしなしなになってしまったんじゃないかと心配したが流石アリエス。ちゃんとバターを使って生地に水分が染み込まない様に工夫してある。

 「おいしい〜・・・幸せ〜・・・本当にアリエス様の作る焼き菓子は最高です。甘すぎず、口の中で蕩けてふんわり広がる風味・・。生まれてきて良かった!!!」
 「そうまで言ってもらえると嬉しいよ。ところでさ・・・・」

 アリエスは笑顔のままシルフィリアに問うた。


 「冒頭のあのやりとり・・・意味ある?」
 「読者サービスです。」
 「安易な色気は人気を失うんだぞ!!」
 「大丈夫ですよ。本当は、作者がちょっとコーヒーリキュール飲んで酔ってただけですから・・・次の日、読み返して『どうしよう』って頭抱えたらしいですよ〜。それに最初から人気なんてありませんよ〜・・。」
 「何の話だよ!!ってか本当のこと話すな!!」
 「大丈夫ですよ。もう既にいろんな方面から見放されてますから。」


 そう言いつつシルフィリアは二切れ目に手を伸ばす。

 まあ、タルトが小さめだから別にいいんだけど・・・

 よくあれだけ食べてあのスタイルを保てるものだ。

 

 まったく不思議で仕方がない。


 「そういえば・・・・」
 「ん?」

 クリームのついた指を舐めながらシルフィリア唐突に話題を切り出した。


 「今朝、お手紙が届いてましたよ。」
 「手紙?俺に?あと、行儀悪い・・・」
 
 「失礼・・・・・・お葉書です・・・」

 一応この屋敷はフィンハオランの名義で登録しているが、それでも郵便物の大半は注文書や舞踏会の招待状などシルフィリア宛てで、自分宛ての手紙の大半はフロートシティにあるフィンハオランの別邸(タウンハウス)かあるいは聖蒼貴族の本拠地であるシード島に届くはずなのだが・・・


 「誰から?」


 「えっと・・・“親愛なる弟よ。元気でやっておるか?今度近くに行く予定があるから次の祝日にそっちに寄らせてもらう・・・。ナナリーより”」


 「な・・・ナナリー!?」


 その言葉にカットインが4つは入ろうかという程にアリエスが驚く。まるでこの世の終わりみたいに・・・



 「・・・どうなさいました?」
 「な・・・な・・・ナナ姉ぇが・・・こっちにくる!!!?」











 閑話休題。











 「ナナリー=フィンハオラン・・・通称ナナ姉ェは俺の姉だよ。」


 すっかり顔色を青くしながらアリエスはソファに項垂れるように座って溜息をついた。

 「お姉様・・。ですか・・・。」
 「ああ・・・正真正銘。俺の義姉だ。家4人姉弟でさ・・。下にも妹と弟が居る。その姉上が・・・来るんだよ。しかも・・次の祝日って・・・今日じゃないか・・。」

 すっかりブルーになって落ち込むアリエス。
 それがシルフィリアにとっては不思議で仕方が無かった。


 「私にはよくわかりませんけど・・・仲の良い御姉弟って結構憧れがあるんですが・・・」
 「ああ・・確かにいいものだよ。ってか妹には会ったことあるよね?」

 アリエスがそう言うと、シルフィリアが静かに首を縦に振る。
 そして、さらに会話が続く。

 「妹は可愛い・・・弟は生意気だけどそれでもまだマシ・・・でもさ・・・ナナ姉ェだけは違うんだ・・・・」

 「違うと仰いますと?」
 「あの人は・・・・自分勝手で自分が一番すぐれた魔法使いだと思ってるんだ。それに・・勘違いしやすくて、おまけに・・・・天上天下唯我独尊で・・・思えばあれは確か俺がまだ初等魔法学校生だった頃・・・俺が姉貴の魔法杖折っちゃって・・・言いだせなくて黙ってたことがあるんだ。そしたら・・・修学旅行の・・・スペリオルシティにまで追いかけてきて・・・おまけに・・男浴場にまで入ってきて・・・友達とかクラスメートとかいる前で・・コブラツイストを・・・・・」

 「・・・・・・・」
 「その姉貴が今日来る・・・これから・・・どうしよう。」

 ガタガタと小刻みに震えるアリエスに対しシルフィリアは平然としていた。

 
 「あの・・・何の問題があるかよく分からないんですけど・・・」


 首をかしげながらシルフィリアが聞く。


 「別にやましいことはないのでしょう?なら、別にそこまで怖がる必要は・・・・」
 「・・・・・・」
 「あの・・・アリエス様?」
 「・・・・・・・」

 震えが激しくなっている。まさかとは思うが・・・・


 「あるんですか・・・隠し事・・・。」


 アリエスが静かに頷いた。

 「母さん以外に・・言ってないんだ・・・」
 「何をですか?」


 「・・・・・シルフィーと一緒に住んでる事・・・。」


 「・・・・・・・・」






 「何故(なにゆえ)に?」



 正直訳が分からなかった。何故秘密にする必要があるのか?
 よくは知らないが、女の子の親ならともかくとして男の子の親は息子が結婚を前提に同棲すれば喜ぶものだと思うのに・・・・


 「母さんはちゃんと秘密は守ってくれる。でも父さんと姉さんは近所のおばちゃんより口が軽いからすぐに話すんだ。そしたらシルフィーの存在が世界に露呈する。そうなったら・・・・」
 
 そうなったら?

 「私の計画になら支障はないと思いますけど・・・・」
 
 
 「姉貴がまた要らぬ妄想を始める!!」
 
 
 「要らぬ妄想・・ですか?」
 「姉貴はとにかく状況を自分の都合がいい方向へいい方向へと解釈するんだ!!絶対勘違いされる!!昨日はあっちで・・明日はこっちで・・・そして、俺を軽蔑の眼差しで見つめるに決まってる!!おまけにあの人、男女の交際関係とかについてとりわけうるさくって・・・殴られる・・・現状を見られたら間違いなく殴られてヘシ折られる!!」

 「はぁ・・・・・」

 「は!!こうしちゃいられない!!」

 アリエスは勢いよく立ちあがるとすぐに部屋を出て箒を持ってきた。もちろん、空を飛ぶためでは無く、床を掃くためのものである。
 そして、おもむろに掃除を始めた。

 その焦り具合というか、らしく無さにシルフィリアは笑う事も忘れ呆然とその様子を見つめる。

 しかし、アリエスがそこまで恐れる姉とはどんな人なのだろうか・・もし、会えるものなら是非会ってみたいのだが・・・。


 「シルフィー!!」
 「はい!!?」

 一通りの掃除を終えたアリエスが血走った眼でシルフィリアを見つめる。・・・なんというか・・・かなり怖い。

 「シ〜ル〜フィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・」


 「えっ?あれ?なに?キャッ!!!」

 怯えて引いているシルフィリアを無理やり捕まえてお姫様抱っこするとアリエスは屋敷の中を走った。

 そして行きついた先は・・・・・・

 「え?」

 大量の服が眠る6畳程の大きさのウォークインクロゼットの中だった。

 「シルフィー!!ごめん!!隠れてて!!」

 言うなりアリエスは静かにドアを閉めようとした。


 「ど・・・どのぐらいですか?」 
 「今夜ぐらいか・・・一週間ぐらい・・・」

 静かにドアが閉まり、アリエスはそっと鍵をかけた。

 「ちょ!ちょっと!!その二つってかなり時間差が!!!」


 ドカドカとドアの向こうからとてつもない抗議の音が響く。

 
 「ごめん・・・シルフィー・・・」
 
 アリエスはそう呟いて抗議の音を背にゆっくりとその場を後にした。


 ―Ling On!!―


 屋敷のチャイムが鳴る。

 思ったよりも早い悪魔の到着だった。
 アリエスはドアをそっと開けて外に出る。
 いや、正確に言うと、そうしようとした瞬間・・・
 ドアの隙間から見た光景を見て慌ててドアを閉めた。

 なんでだろう・・・というか、どうしてだろう・・・

 

 個人馬車が・・・突っ込んでくる・・・


 ―ガンッ!!!!―

 慌てて閉めたドアに何かが激しくぶつかる音がした。

 おそるおそる外に出てみると・・・

 重厚な樫の扉にまるで鎚で打ったんじゃないかってぐらいの大きなへこみが出来、さらに玄関のピカピカに磨き上げた大理石の上では馬車を引いていたであろう馬がのびていた。

 どうやら、馬車が大理石の階段を破壊してその衝撃で止まり、扉まで全壊させずに止まったらしい。
 そして、あろうことか、その手綱を握っていたのは、その馬車の騎手ではなく・・・

 
 「な・・・何してんだよ・・・」

 尊大なる姉上さまだった。


 「よう!!元気にしておったか?弟よ。」


 女の子とは思えない喋り方。巫女装束に胸元には魔法杖代わりの首飾り。おまけに背中には漆塗りの柄に美しい緋色の蛇腹の付いた和傘と和弓に数本の矢まで装備している。
 長い栗髪をポニーテールに纏めた、深い緑色の瞳の女性。

 それは間違いなく姉上だった。

 「そうじゃねぇよ!!!何で馬車が突っ込んでくんだよ!!!おまけに何であんたが手綱握って操ってんだよ!!!」
 「そうだな・・・弟。怪我はなかったか?」
 「わけわかんねぇよ!!なんで会って早々二言目のあいさつで体の心配されなきゃならないんだよ!!ってか、そう思うなら、突っ込むなよ!!ってか会って早々俺どんだけ突っ込まなきゃならないんだよ!!!」
 「いや〜すなまい。地図見ながらだったからつい・・・」
 「なんで地図見てんの!!!?騎手に場所言えば自然と着くのが個人馬車でしょ!!!?」
 「だって道順説明するのめんどくさいじゃん。だから変わってもらった。」

 そう言って、姉上が指差す先には騎手だったであろう男性が姉上のボストンバックを抱えてヒックヒック咽び泣いていた。おそらくかなりの恐怖を味わったに違いない。

 「あいかわらず・・・元気みたいだな・・・」

 呆れ交じりにアリエスが言う・・・。

 

 「でも・・・まあ、とりあえず・・・いらっしゃい。ナナ姉ェ。」
 「うむ。」




   ○   ○        ○

 

 思えばもう1年になるだろうか・・・

 この人と会うのは・・・

 
 アリエスの4歳年上の姉にして、本来ならばフィンハオランの家督を受け継ぐべき長女にして、回復術と封魔術の天才。そして、蒼穹戦争の折には軍医としても活躍し、彼女の所属した部隊は隊員の致死率が一桁になるというとんでもない人間で、確か退役時の最終階級は少将という素晴らしい経歴の持ち主なのだが・・・
 
 いかんせんせん性格に問題があり、言ってしまえばかなり破天荒な姉で、しかも放浪癖が強く、人助けと称してフィンハオランの家督を一時アリエスに預ける形で家を開けて世界中を放浪しているというなんかどっかの魔法医と同じようなことをやっている(ってか魔法医って全員放浪癖があるのだろうか・・・)とんでもない姉なのだ。

 そんな姉はさっさと馬車から飛び降りて、代金をアリエスに「払っとけ」と言い、「後、カバンもな」というと、何を遠慮する事かと屋敷の中に入る。


 「ちょっと待て・・・」
 「ん?なんだ?」
 「・・・いや・・・もうめんどくさいからいい・・・」

  突っ込んだら負けという思いでアリエスは馬車に代金を払い、姉上の鞄を受け取って、屋敷の中へと入った。
 
 「ところでアリエス・・・」
 「ん?」
 「悪いが、何か変わりの履物を用意してくれないか?ずいぶんといろんな所を歩き回ったせいで、泥が付いてしまってな。このままでは、せっかくの綺麗な屋敷を汚してしまう。」

 アリエスがその足元を見てみると確かに蒔絵の入った美しい漆塗りのぽっくり下駄も真っ白だったであろう足袋も砂や泥にまみれて汚れていた。
 いや、まあ、さっき玄関の大理石を見事に破壊してくれた人が言うセリフかと突っ込みたいけど、突っ込んだら負けな気がする。

 「じゃあ、ここで脱いでくれ。洗っとくから。あと、変えの靴も今用意するよ。」

 そう言ってアリエスは静かに玄関を抜けたエントランスの左側に備えつけられた美しい扉を開ける。そこにはたくさんの靴の他にも多くの掃除道具が収納されていた。その中から彼女に会ったモノをアリエスが探していく。

 と・・・


 「ところでアリエス。」


 その作業を見ていた姉上が何かに気が付いたようだった。


 「何・・・ナナ姉ェ・・・」

 めんどくさそうに答えるアリエス。

 「そのショートブーツとか革靴とか・・・お前にはサイズ合って無くないか?」
 ギクッ!!!ヤバい!!!そういえばこう言う事にはものすごく勘の鋭い姉だった!!!しかも、異性関係にとりわけうるさい姉にこんなことがばれたら・・・絶対殺される!!!
 
 「あはは!!!気のせいだよ!!!ほら!!俺脚ちっちゃいし!!!」
 「でも、それは女モノだぞ?」
 「気のせい!!!気のせい!!!最近はこう言うデザインの男モノも増えてるんだよ!!!」
 「だからって、黒のハイヒールは無いだろ・・・それは夜会とかで女が身に付けるものだぞ?」
 「ゲッ!!!ち・・ちがうんだ・・・!!!これは・・・その!!!!」
 「まさかとは思うが、弟よ。不純異性交遊などしておらんだろうな?もしそうなら、私はお前に罰をあたえねばならん。」
 
 ちくしょう!!!なんて勘の鋭い姉なんだ!!!もし、一緒に生活していて、おまけに同衾してたりすることがバレたらどうなるんだろうか・・・
 
 ちょっと探りを入れてみなければ・・・

 「えっと・・・ちなみにどこからが不純異性交遊にあたるのかな?そして、それに伴う罰ってどのぐらいなのかな?」
 「そうだな・・・まあ、親しげに話をしたらデコピンぐらいだな。手をつないだら・・・殴る。そして、ありえないことだが、キスなんてしてたら・・・射殺す(はぁと)」

 同棲同衾なんてことがバレたら油を掛けられて燃やされるんじゃないだろうか・・・。。

 「・・・・・・」
 「ん?どうした?顔色が悪いぞ?」
 「あ・・・あはははは・・・気のせいだろ?」
 「怪しいな・・・なにか私に隠し事などしておらんだろうな・・・」
 「してないしてない!!!キスなんてしたこともない!!!」
 「そうか・・・なにか隠してるんだな?」
 「隠して無いってば!!!」
 「じゃあ、あのハイヒールはなんなんだ?」
 「うぐっ・・・そ・・・それは・・・」
 「ん?」


 「俺・・・女装癖があって・・・」


 ・・・・・・
 うぐぁあああああ!!!何言ってんだ俺は!!!!!こんなバレバレの嘘を吐くなんて!!!!

 「・・・そうか・・・」

 うああああ!!!怒ってらっしゃる!!!射殺される!!

 「一つ言っておく・・・」 
 「はい(泣)」
 「靴は足のサイズにあったモノにしろ。でないと、足を痛めるぞ?」


 ・・・・・・

 「ちょっと待って!!!!何!!!俺の女装癖のことスルー!!!?」
 「あん?そうだな・・・お前ももうすぐ二十歳。立派な大人だ。だから、色々な感情やうら若き肉体を持て余すことだってあるだろう。」
 「・・・・・・ま・・・まぁ・・・」
 「だから、私はお前が女装して不純な同性との交遊をすることに一切口出しするつもりは無いが、それでもお前は立派な男だ。程々にしておけよ。」

 
 「ちょっと待て!!!一体何があった!!!!長い放浪生活の中で一体何があればそんな価値観の変化につながるんだ!!!」

 「そんなことより、私の履物はまだか?それが終わったら居間に連れてってくれ。喉が渇いた。あと小腹も空いたから菓子もな。」
 「今、明らかにスル―したよね。後、人の家に来て何その尊大な振る舞い。」
 
 姉上の足もとにそっと女モノの下駄を置きながらアリエスが言う。
 それを履きながら姉上はハァ〜とため息をついた。

 「いいか、アリエス。昔から言ってるが、頭も悪くてブサイクで剣しか取り柄のない、情けないお前のような男は決して異性から魅力的な目線で見られることはない。なにせ義理とはいえ姉であり女である私が言うんだから、まず間違いはない。もし、近づいてくる女がいればそれはお前を騙してこの屋敷を含めた全ての財産を奪おうとする極悪非道の魔女だけだ。私はな・・・可愛い弟がそんな目にあって悲しい思いをするのだけは耐えられない・・・。だが、男なら安心だ。同性ならお前の魅力に気が付く奴がいるかもしれないし、男同士の恋は波乱に満ちるが最後には必ず愛が勝つ。」
 
 「ひでぇ!!!ってか、最後の方もひでぇ!!それ絶対にいい方向へ行かない恋愛の象徴だからな!!!!」
 「大丈夫だ。この前読んだ“眠れる夜の過保護なお兄様”という本でも、シュンイチ君とカズマ君の恋は成就した。」

 「眠れる森の美女読む感覚で一体何読んでんのあんたは!!!ってか兄弟間でのそういう関係は一番まずいだろ!!!」
 「案ずるな。シュンイチ君とカズマ君は同じミッションスクールに通っている社交部の先輩と後輩でな。お互いを『お兄様・・・』、『カズマっち』と呼ぶ仲なのだ。」
 
 「ストーリーなんてどうでもいいよ!!!ってか、本来は絶対に成就しない!!!普通の恋愛本も読んでみろよ!!!大抵の恋愛は成功してるから!!!」
 「そうか?私も普通の本はしっかり読んでいるが、成功した試しはないぞ?」

 「え・・・」

 確かにそういう本も最近多いけど・・・まあ、ハッピーエンドを見たことがないのであれば仕方ない。

 「ちゃんと“嫁姑・陣取り合戦”や“母親資格”や“牡丹と薔薇”などと言った普通の小説も読んでいるというのに・・・」

 「いや!!!全部普通じゃないから!!!共通して言えることはドロドロ愛憎劇ってだけだから!!!」
 「うるさいな・・・女装癖がある人間に人の趣味をとやかく言われたくはない。それに安心しろ。どちらのジャンルも私も初めは嫌悪していたが、実際読んでみるとこれがなかなかでな?」
 「黙れーーー!!!!館のルール的にも黙れーーーー!!!!」

 もう嫌だ!!!この人ホントヤダ!!!!

 シルフィーのこともあるし、できれば早々に立ち去っていただこう・・・。

 そんな気持ちをよそに、姉上は早速下駄に履き替えると、のんびりとした足取りで居間へと向かった。

 
 「って!!!なんで居間の場所が分かる!!!」

 「うっさいな・・・”走り高跳び”だ・・・」
 「どんな理由だ!!!わけわかんねぇよ!!!」

 「あ〜・・・もう・・・じゃあ、わからなくてよい・・・。」


 まあ、この人に常識を求めること自体が間違いなので、それ以上言及はしないが・・・。

 居間に案内すると同時に、姉上は足を組んで尊大にソファに腰かけた。

 「飲み物は?」
 
 そう問いかけるとすぐに「紅茶」という返事が来る。まったくこの姉は一体どこまでやりたい放題なんだ・・・。
 まあ、愚痴っても始まらないので手早く紅茶の用意をする。

 茶葉はダージリン。ミルクと砂糖を適量加えてのロイヤルミルクティー・・・長旅で疲れているだろうから、砂糖は少し多めに・・・。

 完璧な用意を整えて、茶菓子のクッキーと共に居間に持って行く。


 「ナナ姉ェ・・・紅茶・・・」


 そう言って戸口を開けた瞬間・・・アリエスの表情が固まる。
 姉上が食していた・・・。シルフィーの為に作ったタルトを・・・


 「ナナ姉ェ・・・何食べてるの?」
 「あ?・・・あぁ・・・置いてあったからつい・・・でも、別にかまわんだろ。すでに手を付けてあったし、来客用とかプレゼント用とかいうわけでもあるまい。」
 「そ・・・それはそうだけど・・・」

 後でシルフィーがどれだけ残念な顔をするだろうか・・・そう思うと、ついつい悲しくなってしまう。

 「しかし、アリエス。お前腕を上げたな・・・。母上から菓子作りを習っていると聞いたが・・・いやはや・・・もう一流パティシエールの母上に並んでいるではないか・・・。」

 そりゃあ、まあ、毎日作ってますから・・・シルフィーの為に・・・
 でも、それを言ったら一体どんな報復が待っているか分かったもんじゃない。


 「どうした?アリエス。青い顔をして・・・」
 「い!!!いや、何でも!!!アハ・・・アハハハハ・・・」
 「それに紅茶を淹れる腕も大したものだ。一体どうしたんだお前・・・昔はコーヒーも紅茶もインスタントやらティーバックで済ませていただろう?なのに今になってこれというのは・・・お前・・・まさか・・・」


 うがああああ!!!!バレた!!!どうしよう!!!


 「家事を上手くなって、お嫁さんになろうという魂胆か?」


 どうしよう・・・姉上が壊れ始めちゃった・・・


 「何言ってんのナナ姉ぇ!!!」
 「女装癖があって、将来の夢がお嫁さんか・・・悪くないな・・・安心しろ、他の家族は私が説得しておいてやる。シリウス辺りが大爆笑してメルが泣き出すかもしれないが・・・まあ、その辺も安心しろ・・・」
 「止めてください!!!お願いだから!!ってか、俺の人格を崩すな!!!」

 本当に昔はもう少しまともだったのに!!!なんでこんな風になっちゃったんだろ・・・
 
 しかし・・・安心して聞いていられるのはここまでだった・・・。


 

 「さて・・・もう一つ聞きたいことがある・・・。」


 声のトーンは変わらないものの、なぜか重厚感を感じずにはいられいその声にアリエスは一瞬固まる。




 「なんでお前・・・そんな匂いをさせている?」




 え・・・


 「この姉を見くびるな・・・柔らかで僅かに甘いようなその香りは香水などでは無い・・・そう・・・いうなれば・・・」
 
 ドキドキドキ!!!

 「“女の子特有の良い匂い”といったところか?」
 
 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!!!

 「経験上・・・男がそんな匂いをさせている理由はただ一つ・・・貴様・・・近くに女を置いているな・・・」

 うがあああああ!!!!どうしよう!!!セイミーを理由にする!!!?いや!!余計話が拗れる上に、今彼女は買い物で街に行っている!!!でも、シルフィーのことをバラしたら間違いなく殺されるし・・・


 どうしよう!!!答えようがない!!!


 ものすごく重い沈黙が流れ、その重苦しい空気にいきなり姉上は立ち上がる。

 「ど・・・どこ行くの・・・化粧室ならここを出て右側に・・・」
 「いや・・・屋敷の中を見て回りたい。案内しろ・・・。」

 ・・・えっと・・・この人は一体何を言っているのでしょうか・・・
 
 「もし、本当に女などおらず、お前の女装癖だとするのなら、問題なかろう。だが、女が居た痕跡でもあろうものなら・・・そのときは・・・」

 ゴクッ!!

 「そ・・・その時は?」
 「お前が一番良く分かっている筈だアリエス・・・。」

 バレたら骨も残らない。
 そして、姉上はさらに無理な要求を突き付ける。
 
 「では、まず寝室と洗濯室を見せて貰おうか?」

 えっと・・・どちらも痕跡盛り沢山なんですが・・・
 
 寝室の枕の数やメイク道具。そして洗濯室にはおそらくセイミーが今日も自分やシルフィーの下着類を干しているだろうし・・・見とがめられればそれまで・・・さよなら俺の人生・・・

 「ま!!まって!!!どっちもその・・・散らかってるから!!!人に見せるような場所じゃないから!!!」
 
 こんな言い訳で何とかなると思えないが・・・

 「なら、もっとはっきりと聞いてやろう。先程ゴミ箱で見つけたこれ・・・」

 そう言ってナナ姉ぇは静かにポケットから何かを取り出す。それは・・・
 真っ白な髪の毛だった。

 「糸・・・ではないよな・・・髪の毛だ。それもトリートメントを欠かしていないのだろうな・・・素晴らしいキューティクルだ。手触りなど、まるで絹糸のようだ・・・。そう・・・少なくとも・・・男では無いな・・・」
 「ち!!!違う!!!それは・・・飼い猫の毛で!!!!」
 「ほう・・・全長1m以上の毛を生やした猫か・・・見てみたい。連れて来い・・・」

 「そ・・・それは・・・その・・・ 」

 アリエスが答えを渋って目線を背けていると、ついに姉上はこちらに背を向け・・・

 「ええい!!!貴様が案内しないのなら、私が自分で歩きまわる。それで問題あるまい!!?」
 「ちょ!!!ちょっと待って!!お願いだから!!!散らかってるから!!!だから、寝室とか洗濯室とかクロゼットルームとかは見ないで!!!」
 「・・・なるほど・・・クロゼットルームに何かあるようだな・・・」

 自爆・・・今のアリエスのような状況。

 「どこだ・・・クロゼットは・・・?」
 「ナニソレコノ家ニソンナ物ハアリマセン・・・」
 「ほう・・・あくまで知らぬ存ぜぬで通すか・・・それなら・・・」


 ―Ling On!!!―


 再びチャイムが鳴り響く。

 「ん?来客か?」
 「だったらいいけど・・・」


 小さな声でそう呟き、アリエスはパタパタと玄関の方へと向かう。そして・・・


 「どちらさまでしょう?」

 と尋ねると・・・



 「セイミーです。ただ今戻りました。」


 ・・・最悪の結末だった。

 「愚弟よ・・・セイミーちゃんってだぁれ?」

 ものすっごい笑顔の姉上が後ろから声をかける。そしてアリエスが応える前に玄関のドアを開けた。
 そして、そこにいるのは当然、猫耳尻尾のフワフワヘアーメイドであるわけで・・・

 「ただいま戻りましたぁ〜・・・ってあれあれ?お客様ですかぁ〜?」

 姉上を見ても一切マイペースを崩さないセイミー・・・いつもなら大変微笑ましい光景なのだが、今日に限っては恐怖しか感じない。


 「セ・・・セイミー・・・えっとね・・・」


 一生懸命ボキャブラリーの限りを尽くしてこの場で安全なキーワードを探す・・・だが・・・

 「セイミーちゃん。あなたは一体誰なのかなぁ?」

 姉上はニッコリと微笑みながらセイミーに詰め寄った。


 「だ・・誰って・・・?それを言うならあなたこそ・・・」

 「ああ、私?私はナナリー=フィンハオラン。アリエスの姉だ。」


 「あ・・・お姉さま・・・ですか・・・」

 「そう。さあ、私は自己紹介した。君の名前も教えてくれるか?」
 
 「せ・・・セイミー=ブラックリンクスといいます。」

 普段がマイペースな分だけ、彼女は畳みかけられるように話されるのに弱い。いつになくオドオドとした様子のネコミミメイドに姉上はさらに畳み掛ける。

 「そっかそっか・・・う〜ん・・・セイミーちゃん人間じゃないな・・・なんなのかな?」
 「え?・・・っと・・・・一応使い魔です。」
 「へ〜・・・使い魔さんか〜・・・ブラックリンクスって名前から考えて原型は黒い山猫さんかなぁ〜?しかも、あなた一度死んでるわね・・・。でも、家の愚弟に死体を使い魔にして使役するなんて超高等魔術使えるわけはないな。ねぇ、セイミーちゃん。あなたのご主人さまはだぁれ?」
 「あ・・・えっと・・・」
 
 姉上の後ろでアリエスが必死に自分のことを指差すのを見て、咄嗟に「アリエス様です・・・。」と答える。
 だが・・・そんな嘘を姉上が黙って見過ごす筈が無い。
 静かに袖に手を入れると取り出したのは小さな紫色の袋だった。

 そしてそれを見た瞬間・・・

 

 「あぅ・・・」


 セイミーがホワホワ〜と気持ちよさそうな表情になる。なんというか・・・目はトロンとしていて、頬が少しピンク色に染まってて・・・一言で言い表すのなら“恍惚感”に酔いしれているというか・・・

 ということはあの袋・・・まさか・・・

 
 「マタタビだ。魔獣寄せの薬の材料に持ってたんだが・・・正直に答えてくれるならセイミーちゃんに全部あげよう。」

 ふぬぁぁぁ!!!!駄目だ!!!セイミーさんが完全に逝ってしまわれてる。そりゃそうだよね・・・猫がマタタビの魔力に逆らえるわけないよね・・・
 

 「あぅ・・・でも・・・」


 それでも一所懸命我慢しているセイミー・・・あぁ・・・もう、今日の夕御飯は最高級のキャットフードを用意してあげよう。
 しかし、そこは諦めの悪い姉上・・・さらに袖から短い針金のようなものを取り出し、その先に先程のマタタビ袋をその先にくくりつけて・・・
 
 猫じゃらしよろしく左右にフリフリと揺らしてみせる。


 「ほ〜らほら・・・教えてくれたらたっぷり遊んで上げるぞ。」


 あぁ・・・マタタビをあんな風に・・・ダメだ・・・猫ちゃんには刺激が強過ぎる。その証拠にセイミーは姉上が振る針金の先を目で追ってしまっているし、瞳孔も縦に裂け、ウズウズと体を揺らし始めている。
 そして・・・


 「誰かな?あなたのご主人さまは?」
 「シルフィリア・・・様・・・です。」

 ついにセイミーが陥落した。うん・・・よく頑張ってくれた。夕御飯に秋刀魚と鰹節も付けてあげよう。
 それを聞くとすぐに姉上は持っていたマタタビ猫じゃらしをセイミーに手渡し・・・


 
 



 「さて・・・」



 と静かに言う。ヤバい・・・なんだ・・・この後姿からの威圧感は・・・


 「アリエス・・・誰だ・・シルフィリアとは・・・」
 
 底冷えする程の声と笑顔・・・
 ああ・・・そうか・・・俺は今日死ぬんだ・・・。

 「えっと・・・えっと・・・友達・・・かな?かな?アハ・・・アハハ・・・」
 「・・・アリエス・・・先程言っていたクロゼットルーム。どこだ。案内せい。」
 「え!!!!?」


 くそっ!!!なんでわかったんだ!!!一生懸命誤魔化したはずなのに!!!

 「えっと・・・その・・・」
 「セイミーちゃん。クロゼットってどこかな?」
 「二階の一番奥のへにゃ(部屋)・・・」

 トロトロの目と桜色の頬をした幸せそうなセイミーが応える。恐るべしマタタビ。
 
 そう聞き出すと同時に姉上がズカズカと階段めがけて侵攻する。


 「待ってナナ姉ぇ!!!クロゼットは・・・そう!!!今日は改装工事の業者が!!」
 「では、姉として一言、工事の礼を言っておかねばな・・・」
 「じゃなくて、鍵を落としちゃって・・・」
 「先程、居間からマスターキーを借りたから問題ない。」
 「ちょ!!人の家、何勝手にあさってんの!!!・・・でもなくって、実はクロゼットルームは昨日火事になって・・・」
 「では、今、お前が着てる服はどこから出した。焦げ跡はおろか、アイロンがけまでしてあるではないか・・・」
 「あっ・・・っと・・・えっと・・・他には・・・その・・・」
 「昔からそうだ。お前の嘘は底が浅すぎる。」



 そんな会話をしている間に姉上は二階の一番奥の部屋で立ち止まる。

 そして・・・


 「ここか・・・」

 そう小さく呟き、そのまま躊躇うことなく、鍵穴にキーを入れて回した。


 カタンッという小気味良い音と共に鍵が開く。

 そして姉上は・・・


 勢いよくドアを開けた。










 いややややや!!!!殺される!!!!





 しかし・・・


 「・・・・・・」

 姉上の反応は意外にも静かなモノだった。
 それもそのはず・・・大体6畳程の大きさのそのクロゼットの中には・・・

 「うむ・・・特に相違は無いな・・・」
 シルフィーの姿は見受けられなかったのだから・・・
 唖然とするアリエス。一体どこに行ったのだろう・・・。ここには刻の扉も無いし、シルフィリアも空間転移の魔術は持っていないはず。なのにどこへ・・・


 「だが・・・」
 必死になって考えている時にいきなり姉上が発した冷たい言葉にアリエスも思わず、「ヒッ」と声を上げた。
 
 「この部屋・・・何故こんなに女物がある。しかも・・・アリエス・・・お前にはサイズの合わない物ばかりだ。」

 「えっと・・・それは・・・」

 どうしよう・・・どうしよう・・・そうだ!!!

 「セイミーのだよ!!!あの子たまにはおしゃれするからさ!!!ともかく、これで、俺への疑いは晴れたってわけだ!!!だから言っただろ!!!彼女なんていないって!!!」

 服の隙間など部屋の中を物色し続ける姉上にアリエスは必死にそう呟く。まあ、その可能性も無きにしもあらずだから、あながち姉上も嘘だとは突っ込めまい。
 
 すると姉上は袖にコソコソと手を入れ何かを物色し始める。
 

 「アリエス・・・火を持ってるか?」
 「へ?火って・・・」
 「魔術でなくともマッチでも火打石でも良い。あるか?」

 ああ・・・それなら暖炉用のが・・と、アリエスはポケットからマッチ箱を取り出し、片手で軽く火を付ける。
 すると姉上は袖から取り出した線香に静かに火を灯した。

 この線香の匂いは魔族や魔獣が嫌う為、退魔に使用され、それを退魔師兼治癒術師たる彼女が持っているのはなんら不思議ではないのだが、しかし一体この状況でそんなモノを何に使うつもりなのだろうか・・・。
 不思議そうな顔をするアリエスをよそに、姉上は長い線香を様々な角度に向け、その度に白い煙が部屋を行ったり来たりしていた。

 
 そして・・・

 姉上がある一か所で止まる。そして、見つめるその先には・・・
 
 「アリエス。」

 気丈な声での問いかけに、呼ばれた本人は思わず「はい!!」と直立し不動で答える。

 「あの洋服の乾燥用と思われる天井のダクトはいつもあの状態なのか?」

 そう問いかけられて、アリエスもそちらへと視線を移す。
 すると、そこには・・・

 普段なら網がかけられている筈の通気用ダクトから網が外されていた。
 そうか・・姉上は線香を使って空気の通り道を探していたのか・・・

 
 でも・・・


 「いや・・・あのダクトにはいつも網がかかってるはずなんだけど・・・ほら・・・あれ。」
 アリエスがそう言って指差す先には通常は付けられている筈の網が壁に立てかけられていた。

 
 「ふぅん・・・なるほど・・・このダクトはどこに通じている?」
 「?・・・裏庭の向こう側だけど・・・」
 「そうか・・・」

 それだけ聞くと、姉上はスタスタと部屋から出ていってしまった。
 でもよかった。これで、シルフィーのことがばれる心配は・・・

 心配は・・・

 

 状況整理。
 
 ・居たはずの部屋に居ないシルフィー。
 ・開いたダクト
 ・ダクトの大きさはちょうど小柄な女の子が一人這って出ていけるぐらい・・・
 ・先程まで話していた今は一階で、この部屋の真下。

 整理完了。全然良くない。むしろヤバい!!!
 姉上は間違いなく“話を聞いていて、慌てて自分のことを思い、この部屋からダクトを通して脱出した”シルフィリアを探しに裏庭に向かうはず。あそこなら見通しがいい分、シルフィリアが見つかる確率は格段に高い。
 
 「ナナ姉ぇ!!!ちょっと待った!!!」

 アリエスは慌ててその後を追いかけた。



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